「大丈夫?赤ちゃん頑張ってるよ」ではなく、「おめでとう」と言えるように

低出生体重児

小さく生まれても。
早く生まれても。
「大丈夫?赤ちゃん頑張ってるよ!」
そう声をかけられるたびに、心のどこかがぎゅっと締めつけられる母親がいます。
もちろん、その言葉に悪意はありません。むしろ精一杯の励ましです。でも、その言葉の裏側には、「何かが足りていない」「本来とは違う出産だった」という前提が、そっと忍び込んでしまうことがあります。
何もなかった出産のように、ただ「おめでとう。」と言われること。
私は、そんな当たり前の言葉が、もっと当たり前に交わされる日を、何度も願っています。
■ 「頑張ってるよ」の裏にあるもの
早産や低出生体重児で生まれた赤ちゃんの母親の多くが、無意識のうちに自分を責めています。「おめでとう」の前に「大丈夫?」は余計に罪悪感を大きくします。
「私の体が弱かったから」
「あの時、無理をしてしまったから」
「ちゃんと栄養を摂れていなかったから」
医学的にはっきりとした原因がわからないことも多いにもかかわらず、母親は理由を探し、そして往々にしてその理由を自分自身に見出してしまいます。
「赤ちゃん頑張ってるよ」という声かけは、赤ちゃんを主語にした言葉です。けれど、その言葉を受け取るお母さんの心の中では、「赤ちゃんが頑張らなければならない状況を作ったのは自分だ」という自責の念に、静かに変換されてしまうことがあるのです。
■ 誰のせいでもない
はっきりと伝えたいことがあります。
早く生まれたことも、小さく生まれたことも、決してあなたのせいではありません。
医学的に原因が特定できないケースは珍しくありません。体質、胎盤の状態、複数の要因が重なって起こることがほとんどで、「これさえしていれば防げた」という単純な話ではないと想います。
それでも母親は自分を責めてしまう。それは、我が子を守りたいという気持ちの強さの裏返しでもあります。責任感が強い人ほど、自分を責めやすい。だからこそ、周りの言葉がその気持ちを軽くすることも、逆に重くしてしまうこともあります。
■ 「おめでとう」がもたらすもの
「おめでとう」という言葉には、余計な前提がありません。
赤ちゃんが頑張った結果でも、母親が頑張った結果でもなく、ただ、新しい命が生まれてきたことそのものを祝う言葉です。
小さくても、早くても、その子はその子として、ちゃんと生まれてきました。その事実に対して、まっすぐに「おめでとう」と言えること。母親が自分を責める時間が、少しでも減っていくのではないかと思っています。
■ 最後に
もしこれを読んでいるあなたが、今まさに自分を責めているのなら、伝えたいことがあります。
あなたのせいでは、決してありません!
あなたは十分に頑張ってきましたし、これからも頑張らなくていい瞬間があってもいい。
「おめでとう」と、もっと自然に言い合える社会になりますように。そんな願いを込めて、この記事を書きました。

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